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古田織部の代表作品


『竹茶杓』

『書状』

『タ・タ・ラ四方皿』

『総織部菖蒲刻文皿』

『織部角鉢』

『青織部手鉢』

『志野織部向付』

古田織部とは?

「古田織部」本名「古田 重然 」は天文13年、美濃国本巣郡の山口城主の弟で古田重定の子として生まれた。
後に従五位下織部正の官位を叙任したため一般には茶人・古田織部(ふるた おりべ)として著名だが、戦国時代の武将であり、永禄9年織田信長の美濃進駐の時にその家臣として仕え、翌年の信長の上洛にも参加した記録が残されている。
通称は左介、茶人でもあった父の血をひき千利休の茶道を踏襲しながらも、豪快自由奔放に、茶器製作・建築・造園などに・・・・「織部ふう」・・・・・といわれる大流行を安土桃山時代に引き起こした。
信長没後秀吉に仕え文禄の役では朝鮮征伐にまで参加し関ヶ原の戦いでは東軍に組みしたが夏の陣の後豊臣秀頼の遺児を匿い家康に切腹を命じられた。

織部焼とよばれる焼き物には黒織部や青織部、鳴海織部、赤織部、志野織部、等々がありますが当時「古田織部」が指図して登り窯で焼いた焼き物を総じて織部焼とよばれました。

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